HOME > CUBE創設を支えた人たち > 狭間宏明
私は学校施設の管理を担当していたのですが、学校の活動というのはすべて施設のありようとつながっているということで、立ち上げ期のディスカッションからメンバーに加えていただきました。
甲南大学に新しい学部ができるのは49年ぶり(注:2008年に既存学科を母体に知能情報学部を設置)、また岡本以外に学部をつくることに至っては初めての試み。岡本ではない新しい土地に、まったく新しい建物をつくる。誰も経験したことのない作業は、戸惑いの連続でした。
まずこの建物で4年間を過ごすのか、岡本と西宮とで2年ずつにするのかで、建物のありようは全く違ってきます。完全に分けた方がいいんじゃないかという意見と、甲南の学生である以上、岡本で過ごす時間があってもいいという意見と、両論があって、始めの段階ではまだ決まっていなかった。誰も答えを持っていないなかで、図面だけがあるという状態でしたね。
今までと違う教育の場をつくろうという志はあったけれど、何をどう作っていいか誰も分からなかった。
佐藤先生はずいぶん遅れて「真打ち登場」って感じであらわれましてね。具体的に目指すものを語りだした頃から、スタッフのモチベーションがぐっと上がりだしたんです。
佐藤先生から次々に課題が降ってくるので、私たちはまずそれを受け止めて、理解するところからのスタートです。設計の流れとは関係ないところで突然ポーンと降ってくるので、それが大変といえば大変でした。先生の意図を理解して、そこから「ではそれを実現するためにどうする?」という作業の繰り返しですね。
CUBE創設は、単に新しい学部をつくるのではなく、教育をとおして日本を変えるという志にもとづいてのこと。だから偏差値などではなく、平生先生が目指した教育をもう一度実現しなくちゃいけないという想いがありました。
大学施設の建物づくりというのはふつう、何人収容で、部屋はいくつ、のように、箱からおいていくような作業です。でも僕は、それは違うと思う。本来なら、どんな教育をしたいからどんな学部を作る、それをどう動かすかということがまずあるべき。全体の仕事を把握して、初めて細部のイメージができていく。それをもとに建物を作っていくべきなんです。
たとえば印象的だったのは、佐藤先生の「学生にできるだけ長く学校にいてほしいから、一人ずつロッカーを与えたい」という要望。 岡本キャンパスでいうと1万人近い学生がいて、一人にひとつのロッカーはあり得ません。それを、規模は違うけれど1,000人弱の学生に対して、CUBEでやりたいとおっしゃられた。我々としては非常にチャレンジングな提案でした。
しかし、学生たちが本当に長い時間このキャンパスで過ごして、暮らすように学ぶ、そんな学生生活を佐藤先生が目指していると分かった時点で、「ああ、これはやらなきゃいけない」と心が決まった。 実際にできてみて、それがどう使われていて、どういう効果を生んでいるかというのを目の当たりにすると、やってよかったと嬉しくなります。 私自身にとっても、「それはできません」で今までだったら済ませていたことを、ずいぶんとチャレンジさせてもらいました。ロッカーもはじめはダイヤル式だったのを、それではダメだ、ケータイで開くようにと。「やるならワッと言わせたい、学生たちをわくわくさせたい」とね。
押されっぱなしでしたね(笑)。私たち実務者は、どうしても実現可能性の高い物から案を作って持っていきますが、佐藤先生はそこに驚きとか感動とか、+アルファを求められますから。
その代わり、先生の部屋は小さくていいと言ってましたよ。
学校づくりの議論というのは、全部を増やす方向にいきがちなんです。全部足したら全体の予算の枠には決して収まらない話になる。結局は、お金やスペースをどう割り振るかというだけの単純な話なんですが。
佐藤先生の場合は、ここは削っても良いけどここは大事にしてほしいというのがはっきりしていたので、むしろやりやすかったくらいです。
たとえば研究室は小さくていいから、その分先生方が交流できるラウンジをつくってほしい。座り心地の良いソファをおいて間接照明をつけて、従来の研究室のイメージを一新するスペースにしたい。研究室のなかは、小さくていいけれど長時間座る椅子だけはこだわったものを、といった要望です。非常に合理的なんですよ。
佐藤先生の考え方にふれるうちに、我々も制約を外してものを考えるようになりました。 CUBEは各フロアで壁の色が違いますし、教室もカラフル。学校といえば白やモノトーンのイメージですが、それにとらわれることなくずいぶん好きにやらせてもらいました。
いろんな居場所を作っていく作業ですね。ちょっと一人になれたり、場所を変えることで雰囲気が変わってまた集中できたり。でも、いつも誰かに見守られているような温かみがある。一緒に毎日過ごす家を造っているような感じです。ずっと居ても、心地よくて飽きないようにしてあげたかった。
吹き抜けに向けて出っ張ったプロジェクトルームは、まさにそれを具現化したものです。こういうスペースは今までの大学建築ではあまり見ませんでしたね。
空間に飛び出しているうえにガラス張りでオープンなので、斜め下や斜め上のフロア、5階の広場からも、何をしているのかがなんとなく見える。
オープンしてすぐに学生が喜んで使っているのを見てうれしかったのをよく覚えています。そこに佐藤先生が通りかかって声をかけていらっしゃるのを見ると、壁がなくてよかったなと。壁があると気軽に声を掛けあったりができないんですよね。まあ、佐藤先生の場合は壁があってもドアを開けて入っていかれますけど(笑)
CUBEは、先生と学生の距離が非常に近いんです。そのコンセプトで設計していますから。
お互いいつもどこかで見えている、接していること。そしてそれが日常の風景であることが大事なんです。先生と学生が家族で、一緒に生活しているようなイメージです。
振り返ると、いろんなところにイノベーションがあったのかなと思います。
つい最近、新しくできた大学を見学に行ったんですが、「CUBEをつくった甲南さんにお教えするようなものはありませんよ」と言われました。CUBEの存在というのは他の大学にもずいぶんインパクトを与えたようです。
誰もやったことがないことにチャレンジしているので、完成イメージを共有することがとても重要でした。
佐藤先生は「この建物を見てきなさい」「あそこを参考に」など、いろいろ具体例を示してくださった。実際にモデルを提示してもらって、そこに足を運ぶことで、雰囲気まで理解できる。すると、「じゃあこれよりもっと良い物をつくろう」あるいは「うちならどうするか」など、発展して考えられるようになるんです。この時期にいろいろと見させてもらったものは、ずいぶん目の肥やしになり、自分の引き出しを増やすことにも役立ちましたね。
アイデアって、外から刺激をうけて膨らませるものなんです。全く何もないところからイメージなんか湧きっこないから。「図書館」と思ったら世界中の図書館の資料を見たり、具体的にいくつか有名な図書館をまわってみたり。物を見るとか人と話すとか、自分の思っていることを言葉にして語ってみるとか。それを繰り返さないとイメージが見えてこないので。それでいいなと思ったら、「ここ見て来て」と。
意識が変わって、日々今まで見なかった物を見るようになると、また「これやりたい!」というものが出てくる。それはそれで困るんですけど(笑)
キャンパス全体を図書館にする、「全館図書館構想」なんていうとんでもないアイデアもありましたね。すべての廊下、壁に本を並べて、すべての本にICタグ付けて・・・。いろいろな事情で断念しましたが、実現に向けて一旦は全力で考えました。
でも図書館はもっと変えたいんですよ。この列は哲学、この列は文学とか、音楽ならこの50冊、美術ならこの50冊・・・選び抜いた良書をズラリと並べて、もっとコンセプトのある、本に囲まれた空間を作りたい!良いと思いませんか?(笑)
クリエイティビティや新しいアイデアを生み出すというのは、今までにない発想が必要で、脳の中で常識的に整理された知識や思考の枠組み・仕切りをゆるめる、『ゆらゆらしたもの』何か脳の中を彷徨うような思考方法が求められます。最後は「ビジュアル=こんなことがしたいんだ」というイメージが見えてきて、具体的なアイデアに近づいていく。そのとき、常識の枠組みはなるべく低くした方がいいんです。
『まずイメージ』、それが佐藤流なんだと思います。
去年、岡本キャンパスに「グローバルゾーンPorte(ポルト)」という英語を話すためのカフェを作ったんです。もともとは普通の教室だったのですが、外に向いた壁を全部取り払ってフルオープンに。デッキをつくって、パリのオープンカフェみたいな雰囲気にしたんです。
学生が留学生と会話しているシーンってどんなだろうと想像して、イメージをふくらませました。
頭に浮かんだのは、パリにあるような外に向いて座って話している空間。夏は木が茂って心地良く、秋も紅葉して美しい。そういうシーンならビジュアル的に統一感もあって、いいものになるんじゃないかと提案したところ、賛同が得られて前に進むことになった。こういう仕事の進め方は、CUBEの経験がなくてはできなかったでしょうね。
学生にどんな風に過ごしてほしいのか、という強い想いがないと、制度も建物もつくれません。そして、そういう想いがあって作ると、作った後に必ず反省が生まれる。実はそれが一番大事なんです。普通は作って終わってしまう。
そうですね。狙い通りに使ってくれていると、心の中でガッツポーズです。逆に僕らの目線が高すぎたりして、思った通りに使ってくれてないと反省します。何が悪かったのかなと。
10,000平米にどんな機能を持たせて、何をあきらめて何をやるのかというのを決めるのが、一番難しかったですね。
周りにある印象的な建物に負けない、甲南として恥ずかしくない建物にと、思いきりこだわって作ったら、ずいぶん見積が跳ね上がってしまいましてね。
でも妥協して安易な方法でコストダウンしたとしても、自分のなかでずっと悔いが残ると思ったので、譲ってはいけないところは意地でも譲りませんでした。建築スタッフに言ったのは、「少なくとも半世紀はここに存在するんだから、胸を張って自分たちが造ったと言える建物にしよう」と。調整に調整を重ねて、現在の形にこぎ着けました。
そうなんです。
たとえば、このキャンパスの下には宮水が流れているのですが、その宮水に工事で悪影響を与えてはいけないので、宮水の組合の人と話し合いをするんです。一般企業ならここでひと悶着あるのが普通です。
ところがそこに甲南の卒業生やご縁のある方々が出てこられて、「甲南大学だから大丈夫でしょう」と言っていただき、話をスムーズに進めることができた。その他にも、甲南大学に関わりの深い方々に応援してもらったことが数多くあったんです。
甲南大学が100年近く阪神間中心に歴史を刻んできて、いろいろなところに卒業生がいて、目には見えないけれど縦と横に織り重なっているんだなと実感しました。
地元に根ざした、地元の産業界との繋がりも深い大学なんでしょうね。困ったときOB・OGが助けてくれるとか、繋がりがいろいろな所で感じられる。
大学のなかで実務をしていると、そういうことって、あまり実感を持てる機会がないんです。数字の上ではよく聞くけれど、実感できない。このプロジェクトではずいぶん多くの方にお世話になりました。
5階のカフェの床に敷いているフローリングも、木材を扱っている卒業生の会社なんです。いろいろなところで甲南大学のご縁がつながっていきました。CUBEの学生にもそういう絆のぬくもりのようなものが伝わっていればいいなと思います。
ここで4年間過ごす意味合いは、勉強するというより、誠実に生きること、人と和することなど、人としてどう生きるかのほうが強い。心地よく生きるために、人としてどうあるべきかということを学べるキャンパスだと、私はとらえています。
ひとつの家なんですよね、CUBEは。学校というより家に近い存在なんです。
10年、20年経って何かにぶち当たったとき、自分がここにいたときどうしていたかに立ち返ってもらったら、さまざまなことが上手くいくのではないでしょうか。
温かな家庭から人柄のいい人が育つように、甲南らしい、いい人が育ってくれればと思います。CUBEらしい、人柄のいい人に。
いろいろなところでいろいろな人に出会うけれど、甲南大学の卒業生は本当にいい人が多い。身内に対してやさしく、心を寄せてくださるんです。
岡本キャンパスだけでなく、新しい試みであるCUBEにもそうした文化を築いてほしいと思っています。もちろん佐藤先生はもっと高い次元でそれを語っておられますが、それが力強く根を張り、継承されてくことをこれからのCUBEに期待しています。